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越原記念館

越原記念館 展示のご紹介

  • ※ 開館時間/10:00−17:00
  • ※ 休館日/土・日・祝日、 年末年始(12月29日〜1月3日)、 学園創立記念日(2月25日)、夏期一斉特別休日(平成30年は8月13日(月)〜17日(金))、平成31年2月1日(金)・18日(月)
  • ※ 平成31年3月16日(土)はオープンキャンパスのため開館。
  • ※ 入場無料
  • ※ 10名以上の団体見学について
    団体での見学を歓迎いたします。
    ただし、他の団体との重複を避けるため、事前にお電話でお申し込みください。
    展示解説をご希望の場合はご相談ください。
    なお、事前にご連絡がない場合は、入館をお待ちいただくことがありますので、ご了承ください。
常設展

「学園の歴史 −春子先生・和先生から今日の学園へ」(前室、第1・2展覧室)

テーマ毎に創立当時からの貴重な資料を写真パネルと合わせてご紹介しています。皆様ぜひご来館ください。

■「学園創立へ」
学園の歩みを名古屋帯の柄のモチーフにのせて年表で紹介しています。学園の歴史をご存知ない方にも、時代の流れとともに展示資料をご理解いただける導入展示です。
■「教育者 春子先生・和先生」「発案・研究 春子先生・和先生」
学園創立後の様子として当時使用されていた教本と作品の数々、そして春子創案・制作の名古屋帯(期間限定公開)や、十二單を展示しています。また、和が考案し、春子先生がデザイン・制作した名古屋で初めての洋装通学服、和が特に力を入れて指導した学校演劇やスポーツについても紹介しています。
■「春子先生・和先生の生い立ち」
春子・和が使用していた机や教科書、そして春子の母親が使用した江戸時代からの織機を展示しています。この織機で本学の学生による織りの実演も行います。(日時限定)
■「政治家 春子先生」「学園の復興と発展」
戦時中の貴重な資料や、戦後のわが国最初の女性国会議員の一人である春子の活躍、そして今日までの学園の事績を写真パネルで紹介しています。
春子20歳
▲春子20歳
春子創案制作の名古屋帯(期間限定公開)
▲春子創案制作の名古屋帯
(期間限定公開)
企画展 開催期間 : 平成30年(2018)9月20日(木)− 平成31年(2019)2月12日(火)

乙女たちのよそおうこころ

 「きれいで、美しくありたい」という乙女ごころは、今も昔も変わらないでしょう。
 化粧や髪型、衣裳でよそおう一方、内面の豊かさを育むため、教養やたしなみにも、しっかりとした眼差しと努力するこころで向かい合ってきました。
 明治に入りそれまでの伝統的な慣習や美意識と融合をはかりながら、よそおいの近代化が進みます。そして「新しい女」の誕生を促した大正デモクラシーの中、女性の地位向上や権利をうたう機運の高まりは、女性のよそおいにとっても大きな転換期となっていきました。
 時代の慣習や約束事をまといながらも、女性たちは自らのよそおいを見い出し、楽しんでいたと思われます。
 この企画展では学園所蔵の江戸・明治・大正・昭和の「よそおう」をささえる美意識や心づかい、また乙女たちのたくましさに触れる資料を紹介します。今回、本学園の創立者である越原春子が創案した「名古屋帯」も期間限定(9/20〜11/30)にて展示します。

乙女たちのよそおうこころ
明治150年
本展示は、政府が推進する「明治150年」に向けた関連施策の推進に
連動して実施するものです。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/meiji150/portal/event-cyubu.html

■「乙女たちのよそおうこころ」見どころスポット

現在開催中の企画展「乙女たちのよそおうこころ」の見どころを4回シリーズでご紹介します。
  ① 明治新時代へのヘアスタイル提案
  ② 江戸時代後期の美容の指南書
  ③ スポーツ女子のよそおい

③ スポーツ女子のよそおい

 2019年秋のラグビーワールドカップ、2020年夏の東京オリンピック・パラリンピックの開催で、世界のトップアスリートたちによる熱戦が繰り広げられることが期待されています。
 遡(さかのぼ)って、大正4年(1915)、名古屋女学校(本学園、中・高・大の前身)創立時の女学生は長い袂(たもと)の着物、足袋に袴(はかま)姿で体操をしていました。
 創立者の越原和(やまと)は、生徒たちが、将来、良妻賢母となって家を支えるために健康と体力づくりを重視し、生徒にインドアベースボール、テニスなど、スポーツを奨励しました。そして名古屋帯の創案者である妻春子とともに、次々と斬新なスタイルの運動服を生み出していきます。
 大正8年、野球専門雑誌『野球界』において和は「国民体力改造論」を展開し、口絵には「日本最初の女子野球団」として本校生徒の練習風景(写真@)が紹介されています。古い袴を利用して上衣を作り、足もとは袴の裾(すそ)をしぼるようにくくった改良服、地下足袋の忍者のような姿です。
 特に野球は自らの一挙手一投足がすべて他の朋友の行動に影響することを学び、徳義を重んじる心が養われていくことに注目し、和は熱心に指導していきました。
 本校では女子の勇壮活発な競技運動を課すなか、昭和7年に、本校4年生(15歳)の渡辺すみ子が、ロサンゼルスオリンピックに日本代表選手として出場し、陸上競技の400mリレーで4位入賞の快挙をとげました。渡辺の華々しい活躍と奮闘に乙女ごころは興奮し感動に包まれました。
 『野球界』は、越原記念館企画展「乙女たちのよそおうこころ」でご覧いただけます。
(越原記念館学芸員 鈴木孝子)

①インドアベースボール
(現在のソフトボール)
大正8年
②テニス
和が考案、春子がデザイン制作のユニフォーム
大正8年
③陸上競技
明治神宮体育大会(今の日本選手権)
400mリレー優勝、日本新記録樹立のメンバー
(うち2人は補欠)右から2人目が渡邊すみ子
昭和7年

② 江戸時代後期の美容の指南書

 庶民の女性のよそおいが華やかに展開したのは、江戸時代の後期です。文化10年(1813)出版の佐山半七丸著『女子愛嬌 都風俗化粧(けわい)伝』は、美容の指南書として、名古屋の女性にも長く愛されました。当時の「化粧」はエチケットを含み、「全身のよそおい」と捉えられ、今の化粧(けしょう)より広い意味で考えられていました。そのため、本書の内容もメイクや髪型に留まらず、帯の結び方など身だしなみの諸注意や方法にまでわたって記されています。
 当時も色白が美人の条件であったため、冒頭には白粉化粧や美白処方があり、白の光沢を出すために顔料の蜜陀僧(みつだそう)を用いた楊貴妃を挙げています。密陀僧は一酸化鉛で毒性があり、昔の化粧は命がけでした。熱田神宮境内の湧水地に清水社が鎮座して楊貴妃伝説が伝わり、その湧水は美肌効果があるといわれています。このように、美人の象徴であった楊貴妃は、当時の女性の憧れだったといえます。
 女形の歌舞伎役者と遊女も、美への追求としての化粧には欠かせないものでした。承応・明暦期(1652〜58)には、江戸吉原の遊女勝山が下げ髪を曲げて輪を作った侍風の髪型の勝山髷を流行(はや)らせ、延宝期(1673〜81)頃に活躍した名女形の歌舞伎役者上村吉弥(きちや)は吉弥結び、吉弥帽子を流行らせ、引退後に京都で白粉店を開いています。その後も、五代目市川団十郎、初代尾上菊五郎など油見世つまり化粧品店を経営しています。
 さらには、白粉の下地に使う化粧水「江戸の水」を売り出したのは、『浮世床』『浮世風呂』などで有名な式亭三馬でした。文化9年(1812)の『小六勝山 丹前風呂』では、「江戸の水」を宣伝しています。
 『都風俗化粧伝』や式亭三馬『丹前風呂』は、越原記念館企画展「乙女たちのよそおうこころ」で展示しています。
(名古屋女子大学短期大学部教授 遠山佳治)

画像:女子愛嬌 都風俗化粧伝
女子愛嬌 都風俗化粧伝

① 明治新時代へのヘアスタイル提案

 「きれいで、美しくありたい」という乙女ごころは、今も昔も変わらないでしょう。
 文明開化に伴う欧米文化の積極的移入によって、明治にはそれまでの伝統的な慣習や美意識と融合をはかりながら、よそおいの近代化が進みます。
 束髪(そくはつ)は明治に流行した西洋風の髪型で、新時代の女性のよそおいを象徴する一つでもありました。
 島田髷(まげ)や丸髷など鬢(びん)付け油を用いて複雑に結い上げる従来の日本髪に比べて、束髪は香油を用い結い方も洗髪も簡単で、衛生的であり経済的でした。和服の着用がまだまだ一般である中、束髪は和洋服に合わせて取り入れることができ、急速に女性たちに広がっていきました。
 明治18年、従来の結髪法の改良を目的に、医師の渡辺鼎と経済雑誌社の石川暎作により「婦人束髪会」が結成されました。「大日本婦人束髪図解」には日本(ひのもと)の婦人のため衛生と経済と便益をもって束髪会を発起した趣旨と、髪を一つに束ねて三つ編みをリボンで結う「まがれいと(マーガレット)」、同じ三つ編みを後頭部でまとめた「英吉利(イギリス)結び」など四種の束髪を紹介しています。さらに束髪にすることで血液の循環が良くなり頭痛やめまいも改善され、たとえお転婆・はねあがりと風潮されても気にしないよう説いています。夜会巻や二百三高地などさまざまな種類も生まれます。女学校においても束髪は広く結われていきました。
 現在でも明治の女学生といえば袴に靴を履く束髪姿を連想しますが、明治36年の小杉天外の青春小説「魔風恋風(まかぜこいかぜ)」が人気となり、女学生萩野初野の「海老茶の袴、髪は結流しにして白いリボン清く」の姿は憧れとなり、当時の引札(広告ちらし)などにも使われました。
 「大日本婦人束髪図解」は、越原記念館の企画展「乙女たちのよそおうこころ」でご覧いただけます。
(越原記念館学芸員 鈴木孝子)

画像:「大日本婦人束髪図解」三枚続 明治18年(1885)安達吟光 画 (木版)
「大日本婦人束髪図解」三枚続 明治18年(1885) 安達吟光 画 (木版)
写真展

「山崎川周辺いまむかし―あなたの原風景をたずねて―」開催中(1階ロビー)

本学園が東区葵町から瑞穂区(当時は南区)に移転した昭和10年代の写真を中心に、山崎川周辺の今昔をご紹介します。

名古屋市が設置する山崎川周辺の「銘板」に、本学園資料を提供

 名古屋市は昔の街並みなどの写真を掲載する銘板を市内各所に設置し、地域の歴史や文化に触れ、魅力を発信しています。瑞穂区内の銘板「鼎池と新雨池〜今は姿を消した二つの池の記録〜」(平成30年2月16日設置)には本学園が協力しています。
 銘板「鼎池と新雨池」には、鼎池と水田を埋め立ててゴルフ場が造られた写真(昭和9年)、今は北陸上競技場・プールなどになっている萩山公園(新雨池)(昭和10年)の写真を提供しています。ぜひ現地で往時の写真と現在の風景をご覧ください。

設置場所 瑞穂公園 松並木散策路内(北陸上競技場北)
瑞穂区萩山町3-69

写真:銘板「鼎池と新雨池〜今は姿を消した二つの池の記録〜」

  • ※ 銘板「鼎池と新雨池」に掲載の写真は、越原記念館で開催中の写真展「山崎川周辺いまむかし」でご覧いただけます。

関連講座

終了いたしました。多数ご参加いただきありがとうございました。

■「越原記念館まるごと彩発見!」

日   時 10月13日(土) 13:30 - 14:30
集 合 時 間 13:20(予約不要・参加無料)
集 合 場 所 越原記念館1階ロビー

 今回「企画展」では名古屋帯・女学生の海老茶袴などの見どころ、「写真展」では昭和10年頃の山崎川周辺の二つの池の記録、「常設展」では江戸時代から越原家に伝わる機織機で織りの実演など資料解説とともに、記念館の魅力をたっぷりご案内します。

(はた)織りの実演

●名女大生による機(はた)織りの実演
   −江戸時代から越原家に伝わる織機を使って織りの実演−(入場無料)

日   時 3月17日(土)・7月21日(土)・22日(日)・8月18日(土)
各日13:00−15:00に数回実演
場   所 越原記念館 第1展覧室
機(はた)織りの実演

 学園創立者越原春子の実家である庄屋越原家に江戸時代から伝わる織機で、本学学生による織りの実演を行います。
越原家に伝わる機織り関係の道具の展示とともに、織機を使って織った木綿地などをご紹介します。

 

所蔵資料・関連資料が掲載された書籍の紹介

『明治150年東区ゆかりの偉人・賢人・有名人』(平成30年11月発行、東区文化のみちガイドボランティア)
 徳川慶勝、豊田佐吉ら東区の偉人・賢人67名、うち女性5名中の一人として越原春子先生を紹介。東区内の小中高校生徒に配布された。
『瑞穂区の近代-語り継ぎたい四つの街の物語-』(平成30年2月発行、瑞穂区役所)
 写真展「山崎川周辺いまむかし」掲出の石川大橋(昭和9年)の写真を掲載。
『あいちの偉人⑤ 12の話 サバイバル・オブ・ザ・ラッキエスト』
(平成29年6月25日発行、愛知県教育振興会)
 愛知県にゆかりのある人物の業績を紹介する小中学生向け書籍のシリーズで、坪内逍遥、成瀬正成らと共に、越原春子
先生含む12人が掲載され、越原記念館も紹介された。
『愛知県史 通史編7 近代2』(平成29年3月31日発行、愛知県)
 写真と図版を多用し県民に親しまれる方針のもと編集された近代資料編である。キッツンボール優勝旗、和装・洋装(夏冬)の通学服など4点が掲載。
『愛知県史 資料編23 近世9 維新』(平成28年3月31日発行、愛知県)
 近世から近代への移行期である慶応4年から明治4年までの尾張・三河に関する資料を中心とした資料編である。本文中本学園所蔵資料の愛知郡押切文書から、ウィーン万国博覧会への出品要請や七宝業開業時の結社入社の愛知県布達など、5点が掲載された。
『大垣市史 資料編 近世2』収書文書目録(平成28年2月29日発行、大垣市教育委員会)
 『大垣市史 資料編 近世2』編纂の過程で収集した文書の目録化冊子。「学校法人越原学園(名古屋女子大学)所蔵文書」として、安八郡関係の宗門改帳2点を含む25点が採録。
『名古屋の昭和』(平成27年7月31日発行、樹林舎)
 学園資料2点(萩山公園写生会・尾崎行雄氏来校)が掲載された。
『堀川 歴史と文化の探索』(平成26年6月1日発行、伊藤正博・沢井鈴一)
 納屋橋架橋100年に伴い、堀川文化探索隊編集により、用水・舟運・産業・娯楽・災害など堀川の多彩な面と歴史を紹介。表紙装丁部分に本学園所蔵資料1点が掲載。
『愛知県史 資料編15 近世T 名古屋・熱田』(平成26年3月31日発行、愛知県)
 愛知県史の近世部会が担当し、名古屋市域を対象に地域・経済・交通・文化などの構成で関係する資料を紹介した資料編である。現名古屋市域の町方や地方(村方・在方)資料を中心に収録され、本文中本学園所蔵資料9点が掲載された。
『愛知県史研究 第18号』(平成26年3月3日発行、愛知県)
 青木美智男「見立番付研究からみた形物香合番付」講演抄録に、芝居番付「嵐璃寛当狂言尽」が写真で掲載された。
『名古屋教育史U 教育の拡充と変容<大正後期〜戦時期>』(平成26年3月3日発行、名古屋市教育委員会)
 「第2章「大名古屋市」の教育」にて、私立高等女学校の増設部分に、名古屋女学校開校および葵町校舎の写真が掲載。
『愛知県史 資料編31 近代8 流通・金融・交通』(平成25年3月31日発行、愛知県)

 愛知県史の近代(明治初期から第二次世界大戦終結まで)の産業・経済部会が担当し、流通・金融・交通の3編構成で関係する資料を紹介した資料編です。
下記に紹介する本学園所蔵資料5点が口絵カラーで掲載されています。

  • 愛知県知多郡全図(1885年、口絵32) 写真[1]
    翌1886年(明治19)に開通予定の武豊線が記載されている貴重な地図。
  • 滝兵商店広告(1903年、口絵9) 写真[2]
    名古屋の滝兵商店(現タキヒヨー株式会社)が女学生の袴地を宣伝した引札(広告)。
  • 柳橋駅 大正初期(『愛知県土木工事写真帖』より、口絵34) 写真[3]
    大正2年に建てられた、名古屋電気鉄道(現名古屋鉄道)の初代柳橋停車場の写真。
  • 柳橋駅 昭和初期(『人口百万突破記念大名古屋写真画帖』より、口絵34) 写真[4]
    大正10年に再建された、名岐鉄道(現名古屋鉄道)の2代目柳橋停車場の写真。
  • 大正初期の堀川(『愛知県土木工事写真帖』より、口絵18)
    肥料運搬の重要拠点となった堀川運河の様相を示した写真。
    なお、大正時代に刊行された『愛知県土木工事写真帖』は、当時愛知県が遂行した土木工事等を収めた写真帳で、現存冊数が限られ貴重な書籍です。
[1]
[3]
[4]
[2]
『大垣市史 通史編 近現代』(平成25年3月31日発行、大垣市)
 「第1章 明治前半期の町政」にて、寺子屋の説明部分に、越原村(現在の東白川村越原)越原家の「寺子屋掟(慶応4年)」が写真で掲載。
『愛知県史 資料編18 近世4 西三河』(平成24年3月31日発行、愛知県)
 口絵で芝居番付資料の写真が掲載。
『愛知県史 資料編35 近代12 文化』(平成24年3月31日発行、愛知県)
 「第5章 スポーツ」にて、「越原和校長の女子野球奨励」(1919(大正8)年6月1日、『野球界』第9巻第8号)が、学校教育の中で女子のスポーツ活動が展開していく資料として掲載。
『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第七巻 明治四十余年〜明治四十五年(大正元年)』
(平成25年3月31日発行)
  • 『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第六巻 明治四十一年〜明治四十二年』(平成24年3月31日発行)、明治43年9月御園座「義士劇」が掲載(図版K)
  • 『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第五巻 明治三十六年〜明治四十年』(平成23年3月31日発行)、明治36年2月末広座「勧進帳」が掲載(図版A)・明治40年9月千歳座「桐一葉が掲載(図版N)
  • 『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第四巻 明治三十二年〜明治三十五年』(平成22年3月31日発行)
  • 『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第三巻 明治二十七年〜明治三十一年』(平成21年3月31日発行)、明治27年8月新守座「太功記」が掲載(図版F)
  • 『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第二巻 明治二十余年〜明治二十六年』(平成20年3月31日発行)、明治22年蓬座「芳野山碁盤忠信」が掲載(図版D)、明治24年千歳座「梅柳桜幸染」が掲載(図版M)、明治24年9月の千歳座興行を記載した『美流辺誌』(図版N)
  • 『近代歌舞伎年表 名古屋篇 第一巻 明治元年〜明治二十年』(平成19年3月31日発行)
  • 国立劇場近代歌舞伎年表編纂室が編集しており、平成15年から番付資料を調査され、『名古屋女子大学所蔵 芝居番付資料目録』を参考文献として活用しています。
『新修 名古屋市史 資料編近代1』(平成19年3月31日発行、名古屋市)
 尾張藩分限帳2点を紹介。
『岐阜県教育史 別編1』(平成17年12月26日発行、岐阜県教育委員会)
  「寺子屋」説明部分に、越原村(現在の東白川村越原)越原家の「寺子屋掟(慶応4年)」が写真と史料翻刻が掲載。
『新編 安城市史6 資料編近世』(平成17年9月30日発行、安城市)
  所蔵の高棚村石川家文書より、宗門人別改帳(1837年)、小作米書上(1839年)、小麦ほか商品値段書上(1842年)の3点が掲載。
『街道の日本史29 名古屋・岐阜と中山道』(平成16年4月20日発行、吉川弘文館)
 名古屋若宮芝居の歌舞伎口上書の写真が掲載。
『番付で読む江戸時代』(平成15年9月15日発行、柏書房)
 「嵐璃寛大当狂言尽」の写真が掲載。

所蔵資料が展示および活用された施設の展示紹介

東区文化のみちガイドボランティアの会主催「明治150年東区ゆかりの偉人・賢人」写真・パネル展示
(平成30年11月3日〜10日  於:旧豊田佐助邸洋館1階大応接室)
 偉人・賢人の一人として「越原春子先生」を紹介。
名古屋市設置の銘板「鼎池と新雨池〜今は姿を消した二つの池の記録〜」(平成30年2月16日)
於:瑞穂公園 松並木散策路内(北陸上競技場北)瑞穂区萩山町3-69
 「THE HAGIYAMA PEACE GOLF LINKS」「萩山公園の池(新雨池)」 2点。
名古屋三越栄店主催「きものファッション魅力の再発見「名古屋帯の世界」」
(平成27年4月8日〜21日)
於:名古屋三越栄店呉服
 「名古屋帯の創案者」「越原春子先生」 パネル2点を展示。
堀川文化探索隊主催「『堀川 歴史と文化の探索』刊行記念原画・写真展」
(平成26年12月9日〜平成27年1月4日)
於:堀川ギャラリー(国登録有形文化財旧加藤商会ビル地下1階)
 『愛知県土木工事写真帖』「納屋橋」 1点
愛知県公文書館「『愛知県史』特別展示」(平成26年6月2日〜9月10日)
 『愛知県史 資料編15 近世T 名古屋・熱田』収録の本学園資料9点のうち、名古屋水谷清次郎家文書「名古屋葭(よし)町の年中行事」1点がパネル展示。
堀川文化探索隊・堀川文化を伝える会主催「納屋橋100年と堀川」(平成25年10月22日〜11月4日)
於:名古屋都市センター11階まちづくり広場
 『愛知県土木工事写真帖』「堀川」 1点
大府市歴史民俗博物館特別展「武豊線と大府・共和駅」(平成25年10月1日〜11月17日)
 「愛知県知多郡全図(1885年)」 1点   ※ 翌1886(明治19)年に開通予定の武豊線が記載されている貴重な地図
大府市歴史民俗博物館企画展「食の歴史 伝統野菜」(平成25年7月20日〜9月16日)
 『尾張名所図会 巻之二』 「青物市」 画像資料1点
大府市歴史民俗博物館企画展「食の歴史 大根」(平成24年11月24日〜平成25年1月13日)
 『尾張名所図会 巻之五』『日本山海名物図会 二』、食関連画像3点
大府市歴史民俗博物館企画展「食の歴史 とうふ」(平成23年10月1日〜11月27日)
 『豆腐百珍』『豆腐百珍続篇』、『豆腐百珍』料理名一覧パネル1点、再現どうふ写真パネル3点
岐阜県博物館特別展「人、和して楽しむ〜岐阜の文楽〜」(平成21年9月15日〜11月15日)
 浄瑠璃役割番付5点(岐阜ゆかりの人形遣い掲載資料)。
知立市歴史民俗資料館「五代目 坂東蓑助展」(平成16年2月1日〜2月29日)
 芝居番付資料10点(五代目坂東蓑助東関連資料)。
東美濃ふれあいセンター「番付いろいろ」(平成13年2月3日〜3月4日)
 芝居番付資料1点(中津川旭座関係資料)。
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